スフィンクス

 我輩は数千年もの永き似わたり、この神聖な山を守り続けてきた。
 愚かなる旅人がやって来ればここぞとばかりになぞなぞを出し、答えられなければ屈辱にまみれた人間を容赦なく喰った。我輩の前に現れた旅人は、総じてこの神聖なる山に眠る財宝を目的とした欲深な人間共であるから、つまり我輩は、ほとんど神の罰の代理執行者とも言うべき存在であった。
「あの、俺、日本から観光に来たんスけど」
 我輩の目の前に、男が一人。男は我輩の姿を見ても別に驚かず、実に軽妙な声で我輩に言った。どうやら事の重大さに気が付いていないらしい。
 我輩にとっては久しぶりの、いや久しぶりなどとは実に生ぬるい程ぶりの獲物である。そういうわけであるから我輩は、最高に威厳に満ちた吼声を男に浴びせる。
「わが名はスフィンクス! 一体、愚かな人間がこのような場所に何の用があると云うのだ? 心して聞くが良い、ここは神聖なる」
「あ、そういうの別にいいんスよ。ちょっと道を教えて欲しいだけなんスけど」
 男は、あろうことか我輩の言葉を遮って言った。我輩はこの愚かなる旅人に、真の恐ろしさを知らせてやるために、さらに声に力を入れてゆっくりと喋る。
「人間よ。貴様はここがどこだか解っておらぬのか。良いか、ここは神聖なる」
「あの」
 またしても男が我輩の言葉を遮る。
「ええい、何だ貴様」
「いやあの、もっと普通に喋ってくれないッスか? そんな悠長にダベってたら日が暮れちまうっつーか。てかそんな喋り方でしんどくね?」
 確かにこの喋り方は実に疲れる。
「ああ、まあ、しんどいと云えばしんどいが」
 我輩は仕方なく普通に喋る事にした。本当はたっぷりとこの神聖な山の説明をし、この山にどんなに素晴らしい財宝があるかを教え、幾人もの旅人が我輩に喰われたという恐怖を存分に知らしめたいが。しかし、まあこれは仕方が無い。
 久々の獲物に逃げられるわけにもゆかぬのであるから、ここは愚かなる旅人の言う通りにしておく。この屈辱は、なぞなぞに答えられなかった時に、存分に思い知らせてやる。なにせ数百年ぶりの旅人である。この機会を逃しては次はいつになるか。
 我輩は舌なめずりをする。
「あの、俺マジ急いでるんスけど。彼女怒るとおっかねーんスよ」
 男がイライラした声で言った。
「いやちょっと待ってくれ人間。せっかくここまで来たのだから、もう少しゆっくりしていってもいいではないか。この山には財宝だってあるんだぞ」
「え、財宝とかマジなんスか?」
 食い付いた! やはり人間とは実に愚かな生き物では無いか。
「うむ。この山の頂きには、それはもう」
「頂き、っててっぺんッスか? それって山の頂上って事ッスよね? だったら俺、そういうの別に良ッス。山登りとか向いてねえっつーか」
 なんなんだこの男は。
「あ、ちょっとスンマセン」
 男は、無礼にも我輩に向かって手の平を向け、空いた方の手でポケットをまさぐる。
「あー、やっぱ圏外だわ。これ話になんねえ」
「おい人間、何だそれは?」
「は? スマホ知らねッスか?」
「スマホ?」
「携帯電話みてえなものッス」
 スマホと云う言葉も携帯電話と云う言葉も初めて聞いた。
「ああ、携帯電話か、なるほど」
 しかし、知らぬと言うのがなんだか癪に障った我輩は一応そう言っておく。
「で、俺。ホテルで彼女と待ち合わせしてるんスけど」
「ちょっと待ってくれ人間」
「オサム」
「は?」
「俺の名前ッスよ」
「は、はあ」
「まあでもテトリスって呼んで欲しいッス」
「テトリス?」
「あだ名ッスよ」
「あだ名か」
「そうッス。何でか訊きたいスか?」
「う、うむ。一応聞いておく」
「俺、得意なんスよ」
「うん? う、うん、そうか」
「そッス」
「で、ホテルなんスけど」
 な、なんだ? 男が何を言っているのかさっぱり判らぬ。
 急に名前の話をしたかと思えば、いつのまにかホテルの話に戻っている。
 この男には話が通じぬ。急いでいるだの、彼女がどうだの、スマホがどうだの、名前がどうだの。いやいや、そんな事などもはやどうでも良い。
 とにかく我輩は、男のペースになっているのが実に不愉快であった。
「ちょっと待て、人間」
「テトリス」
「ああ。すまん、テトリス」
「はい」
「なんて言えば良いか、ここに来た者は、なぞなぞを解かねばならぬ」
「なぞなぞッスか? 俺得意ッスよ」
「おお、なぞなぞをやってくれるのか、テトリス」
「パンはパンでも食べられないフライパンッスよね」
「パンはパンでも、え? フライパン?」
 なんだこの男は。それじゃあなぞなぞになっていないではないか。
「いや違う。なぞなぞを出すのは我輩の方で、人間は答える方なのだが」
「テトリスッス」
「ああ、これはすまぬ。テトリス」
「別に俺怒ってねッス」
「で、なぞなぞなのだが答えてくれるか?」
「はあ、まあ良ッスけど」
「素直だな」
「だって決まりなんスよね?」
「いや、決まりというわけでは無いのだが」
「ああそうなんスか。でもまあ、オッケッス」
「では問題」
「え? あれやんねえんスか?」
「あれ、とは?」
「ふはははは、我輩は。とかいうやつ」
「やって良いのか!」
「やりたいッスよね?」
「うむ」
「じゃあ良ッスよ」
「では、えー、ごほん」
「あ、ちょい待ちッス」
 男はそう言うと、スマホとやらを耳に当てて我輩に背を向けて喋りだした。
「なんか、超うぜえのにからまれてるっつーか。いや、違うって馬鹿。つうかおめえも見たらぜってえビビっから。なんかすげえでかくて。顔はおっさんなんだけど、普通に俺よりでけえっつーか。ほんとまじできめえってまじで。そんでなんか体とかも超でかくて、なんか四つん這いで超ウケるっつーか。は? なんだよそれ。いや違くて、あん? 嘘ってなんだよ、嘘じゃねえよ、何言ってんだよ。場所? なんかよく解んねえけど、あ、そうだ、ちょっと待ってみ」
 それだけ喋るとようやく男が我輩の方に向き直った。
「あの」
「どうした?」
「偶然、圏外じゃなくなったみたいで、彼女から通話掛かって来たんスけど」
「ああ、それは良かったではないか」
「お願いがあるんスけど」
「お願い?」
「本当は嫌だったら嫌だって言ってくれていいんスけど」
「何だ、早く言え」
「背中に乗せてもらえないスかね?」
「我輩の、背中に?」
「そッス。駄目スかね?」
「まあ、構わないが」
「あ、じゃあ。ありがとう御座います、まじで」
 我輩は背中を屈めて男を背中に乗せてやった。
「マジパネッス! ここバリ三スよ!」
 当然我輩は意味が判らなかったが、やはり男の言動に合わせる。
「うむ、それは良かった」
「あの、もっと高く出来ねスか?」
「うむ」
「もうちょいもうちょい、あ、今良い感じッス。じゃあちょっと黙ってて下さいッス。あー、もしもし? こっからだとすげえ遠くになんかでけえ三角形のやつが見える。は? 違えよ、今背中に乗せてもらってんだよ! あー? だから嘘じゃねえって言ってんじゃねえかよ。んん? あーそっか、解った解った。うん、じゃあ、そっち向かうわ。あのー、もう大丈夫ッス。降ろしてもらって良ッスよ!」
「もう喋っても大丈夫か?」
 我輩は一応小さな声で言った。
「大丈夫ッス」
 我輩は男を背中から降ろした。
「本当にありがとう御座いました。俺、本気で感謝してるッス!」
「うむ、それでは」
「オッサンの事、彼女にも自慢出来るッス」
「ふはははは。愚かなる人間よ、この聖なる」
「あ、もうそれやんなくて良いスよ」
「なん、だと?」
「じゃあ俺、帰り方解ったんでホテル行くッス」
「ちょっと待てテトリス!」
「はい」
「なぞなぞをする約束では無かったのか?」
「やっぱりいッス」
「いやそれは駄目だろう、さすがに。背中にも乗せてもらっておいて」
「えー? そう来るんスか?」
「それはそうだろう。いかに愚かな人間でも、やって良い事と、やってはいけない事と云うのがあるだろう、人として」
「あー、それずりいスよ」
「ずるいのはどっちだ」
「何スか? 激おこプンプン丸スか?」
「は?」
「うーん。じゃあ、これでどうスか? 俺、おっさんの事彼女にも見せたいんで、昼飯食った後でまたここに来るッス」
「おっさんでは無い。スフィンクスだ」
「それは別にどっちでも良ッスよ。どうせ俺、名前覚えらんねッスもん」
「なんて勝手な」
「つーか俺、マジ急いでるんで」
 我輩は男に言いたい事が山程あったが、男があまりに急いでいるようなので仕方がないと思った。それに考えようによっては、この方が良いのかも知れぬ。
 男は彼女とまたここに来ると言った。これはつまり、一人だった獲物が二人になるという事だ。男はかなり頭が悪そうだから、恐らくその彼女とやらも同様に頭が悪いのだろう。我輩は、走り去る男の背中に向かって大声で叫んだ。
「待っているからな!」

 夜になっても男とその彼女が、我輩の元に来る事は無かった。昼飯を食ったら戻ると言っていたのを思い出しながら我輩は、きっとあの頭の悪い男の事だから、何かの都合で来るのが遅れているのだろう、と考えた。それでも我輩はずっと男を信じ続けた。さすがに夕刻までには来るだろう。今頃は夕飯を食べているだろうか。お風呂に入ってから来るのだろうか。さすがにそろそろ眠ったかも知れぬ。
 そしてついに、ようよう東の空が明けて来て、辺りを薄く照らし始めた。
 我輩はそんな朝日の方をじっと見ながら、威厳に満ちた声で、独り言を言った。
「涙のせいで朝日が滲んでるの、だーれだ?」

終わり

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プロフィール

家猫しろ

Author:家猫しろ
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